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2006年9月30日 (土)

悠仁さま ご誕生2000人祝う

 秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さまのご誕生を祝い、男系男子による皇位継承維持などを訴える「悠仁親王殿下のご誕生をお祝いする集い」が30日、東京・日比谷公会堂で開かれ、安倍晋三首相の代理で出席した下村博文官房副長官、中川秀直自民党幹事長をはじめ約2000人が参加した。

 「皇室の伝統を守る国民の会」(会長・三好達元最高裁長官)と「皇室の伝統を守る国会議員の会設立準備委員会」(委員長・島村宣伸元農水相)が主催。渡部昇一上智大名誉教授は戦後、米国の占領下で決まった現行の皇室典範や旧11宮家の皇籍離脱などを無効にするよう提言した。

 終了後、参加者の一部は皇居前広場に移動、日の丸の小旗を振りながら、悠仁さまのご誕生を祝って万歳三唱を行った。
(産経新聞)

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両陛下 兵庫入り 国体開会式に出席

天皇、皇后両陛下は29日、神戸市で開かれる第61回国民体育大会開会式出席などのため、兵庫県入りし、兵庫県三木市の兵庫耐震工学研究センターと知的障害者施設「県立三木精愛園」を視察した。30日に神戸市のユニバー記念競技場での開会式に臨むほか、水泳と山岳競技を観戦、10月1日に帰京する。
(毎日新聞)

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<皇室典範>改正「必要」63% 「女性天皇」賛成72%

 毎日新聞は26、27の両日実施した全国世論調査(電話)で、秋篠宮ご夫妻の長男悠仁(ひさひと)さま誕生(6日)を受け、皇室典範改正問題に関して聞いた。政府は悠仁さま誕生で典範改正を当面見送る方針だが、「改正の必要がある」と答えたのは、今年2月の調査時より11ポイント多い63%に上った。典範改正の必要性の認識が、国民の間に広がっている実態を示した。
 「女性天皇」に賛成としたのは72%。皇太子ご夫妻の長女敬宮(としのみや)愛子さま誕生直後の01年12月の86%や、小泉純一郎前首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が女性・女系天皇を認める報告書を提出した直後の昨年12月の85%、秋篠宮妃紀子さまの懐妊が明らかになった今年2月の78%などと比べ、若干減少した。
 「女系天皇を認めるべきだ」としたのは、2月の調査と同じ65%。「男系を維持すべきだ」としたのは2月より3ポイント減の26%だった。昨年12月の調査では「女系天皇を認めるべきだ」としたのは71%だった。安倍首相は典範改正に慎重な姿勢を見せ、男系維持派とされるが、調査で女系容認派は、安倍内閣を支持した層でも64%に達し、内閣の支持・不支持と関係しない結果が出た。
 典範改正の必要性に関し今年2月の調査では、「必要がある」が52%で、「必要はない」が41%だったが、今回は「必要がある」は63%、「必要はない」は27%。安倍内閣支持層でも「必要がある」は65%、「必要はない」は28%だった。【竹中拓実】
(毎日新聞)

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2006年9月29日 (金)

天皇、皇后両陛下 国体出席で兵庫へ

天皇、皇后両陛下は29日午後、神戸市で開かれる第61回国民体育大会開会式出席などのため、特別機で神戸空港に到着した。県花にちなんだ「のじぎく兵庫国体」の今大会から、夏季・秋季に分けていた開催が一本化される。
 両陛下は、30日に同市のユニバー記念競技場での開会式に臨み、水泳と山岳競技も観戦する。三木市の知的障害者施設なども訪れ、10月1日に帰京する。【大久保和夫】
(毎日新聞)

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2006年9月24日 (日)

雅子さまの祖父、江頭豊さんが死去

 皇太子妃雅子さまの母方の祖父で元チッソ会長の江頭豊(えがしら・ゆたか)氏が24日午前0時45分、入院先の静岡県富士市内の病院で亡くなった。98歳だった。
 告別式などの日取りは未定。
 江頭氏は雅子さまの母、小和田優美子さんの父。旧日本興業銀行から、水俣病を起こしたチッソの再建に派遣され、社長、会長などを歴任。謝罪のため、被害者宅を訪れるなどした。
 皇太子さまのお妃選びに当たっては、雅子さまが元チッソ会長の孫であることから宮内庁に慎重論もあったが、皇太子さまが側近に粘り強く再考を促され、水俣病発生時の責任はないとの判断でご結婚が実現した。
 2004年11月に88歳で死去した妻、寿々子さんとともに富士市の病院に入院、雅子さまは今年3月20日にお忍びで見舞われていた。雅子さまは慣例に従い、30日間、喪に服される。
(読売新聞)

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2006年9月21日 (木)

悠仁さま:皇室の戸籍「皇統譜」に登録

 秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁(ひさひと)さまの名前などを皇室の戸籍に当たる「皇統譜」に登録する手続きが21日、宮内庁書陵部で行われた。誕生直後の一連の儀式や手続きはこれで終わり、誕生から50日目以降となる10月下旬に、一般のお宮参りに当たる宮中三殿への拝礼が行われる。
 皇統譜には、天皇、皇后について記す「大統譜」とその他の皇族を記す「皇族譜」がある。同庁職員が、皇族譜に「親王 悠仁」との名前、生年月日、誕生場所(愛育病院)を、両親である秋篠宮ご夫妻の名前とともに書き入れ、羽毛田信吾・宮内庁長官と折笠竹千代・書陵部長が署名した。正副2冊作成され、正本は同庁に、副本は法務省に保管される。
  ◇   ◇
 政府は21日午後の事務次官会議で、悠仁さまが誕生したことに伴い、来年3月までの皇族費として178万円を今年度一般会計予算の予備費から支出することを決めた。皇族費は皇室経済法に基づき各宮家に支給され、主に食費など生活費に充てられる。(毎日新聞)

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皇統譜

皇統譜(こうとうふ)とは皇室の戸籍に類するものである。皇位継承順位を定める重要な書類であるため、原本と副本があり、原本は宮内庁に、副本は法務省に保管することが皇統譜令で定められている。
現行皇統譜令(昭和二十二年五月三日政令第一号)では皇統譜との記述しかないが、皇統譜には大統譜(だいとうふ)と皇族譜(こうぞくふ)があり、大統譜には天皇・皇后・皇太后の身分に関する事項が、皇族譜にはその他の皇族の身分に関する事項が記載されている。皇族譜は所出の天皇ごとに編纂される。
これは、旧皇統譜令で皇統譜の詳細について定められており、現行皇統譜令でも第1条で旧皇統譜令(大正15年皇室令第6号)の経過・準用規定を置いてこれを継承することとしているからである。

大統譜には歴代の天皇が記録され、神代の天照皇大神までさかのぼることができる。
宮内庁に情報公開法に基づいて、情報公開請求することで閲覧することができる。

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こうとうく(江東区)なら行った時あるけど。。。


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2006年9月20日 (水)

皇太子さま:トンガから帰国 前国王の国葬に参列

 トンガの前国王ツポウ4世の死去に伴う国葬に参列した皇太子さまは20日夜、政府専用機で帰国した。
毎日新聞

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2006年9月19日 (火)

皇太子さま:トンガ前国王葬儀に参列

 皇太子さまは19日、南太平洋にあるトンガ王国を訪れ、10日に88歳で死去した前国王タウファハウ・ツポウ4世の国葬に参列された。
 首都ヌクアロファの王宮で営まれた葬儀はキリスト教式で、皇太子さまは各国からの出席者とともにモーニング姿で参列。ツポウ4世のひつぎに拝礼し最後の別れを告げた後、近くの王室墓地に埋葬されるのを、集まった数千人の国民とともに見届け献花。天皇、皇后両陛下の花も用意された。
 ツポウ4世は親日家として知られ、たびたび来日。89年に行われた昭和天皇の大喪の礼にも参列した。皇室との親交も深く、03年に秋篠宮ご夫妻がトンガ王国を訪問している。
 皇太子さまはこの日朝、宿泊地となっているニュージーランドのオークランドから空路でトンガ王国に到着した。(ヌクアロファ共同)
毎日新聞

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2006年9月18日 (月)

トンガ前国王の葬儀に参列、皇太子さまがご出発

 皇太子さまは18日午前、南太平洋にあるトンガ王国の前国王、タウファハウ・ツポウ4世の葬儀出席のため、羽田空港から政府専用機で出発、同日夜、経由地のニュージーランドに到着された。
 19日にトンガの首都ヌクアロファ入りし、王宮で行われる国葬に参列、20日夜に帰国される。
(読売新聞)

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2006年9月15日 (金)

<紀子さま>悠仁さまと一緒にご退院

 秋篠宮妃紀子さまは15日午後、長男悠仁(ひさひと)さまと一緒に東京都港区の愛育病院を退院した。6日に出産した紀子さまの経過は良く、悠仁さまも順調に発育しており、ほぼ予定通り退院の日を迎えた。秋篠宮さまが付き添い、東京・元赤坂の宮邸に車で戻った。悠仁さまの姿を見ようと、沿道には、約1800人(警視庁調べ)が繰り出した。ご一家は、宮邸で家族5人での生活をスタートした。
 白のスーツ姿の紀子さまは、純白のおくるみに包んだ悠仁さまをしっかりと抱いて、午後0時25分ごろ病院の玄関前に姿を見せた。悠仁さまはすやすやと寝ている様子。報道陣が「お顔を見せて下さい」と声をかけると、秋篠宮さまが紀子さまに目配せをし、紀子さまは、悠仁さまをカメラの方に向けた。また、ご夫妻のどちらに似ているかとの問いには、秋篠宮さまが「まだわかりません」と笑顔で答えた。
 宮邸に向かう車の後部座席には、新生児用のチャイルドシートが用意され、悠仁さまは、秋篠宮さまと紀子さまの間に置かれたシートに寝かされた。病院関係者の見送りを受けて午後0時半前に出発した車は、沿道に出た人たちの祝福を受けながらゆっくりと進み、約4キロ離れた宮邸に午後0時40分ごろ到着した。
 宮邸では、悠仁さまのために6畳ほどの部屋を改装、安全性を考えて床をカーペット敷きにしたほか、部屋のそばには冷蔵庫付きのキッチンも設けた。また、養育のため看護師3人が新たに配置された。
 紀子さまは部分前置胎盤の診断を受け、8月16日に入院。今月6日に帝王切開で悠仁さまを出産した。翌7日には同室で過ごすようになった悠仁さまに初めて授乳した。
(毎日新聞)

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2006年9月12日 (火)

新宮さま、お名前は「悠仁」…命名の儀

秋篠宮ご夫妻に誕生した新宮さまの「命名の儀」が、12日午後3時35分から愛育病院(東京)で行われ、お名前は「悠仁(ひさひと)」、身の回りの品につける「お印(しるし)」は「高野槇(こうやまき)」と決まった。
宮内庁によると、「悠」には「ながい、ゆったりとした」という意味があり、ご夫妻は「ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んでいくことを願って」命名された。
高野槇は、幹が直立する日本固有の常緑高木。「大きく、まっすぐに育って」という思いを込められた。
親王の名前は2文字で「仁」をつけるのが原則。宮家の子は宮さまがつけることになっており、秋篠宮さまは意味と音を重視、歴代天皇や皇族の名に使われていない字から、学者の意見も聞き、天皇陛下にも相談して決められた。
(読売新聞)

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2006年9月11日 (月)

紀子さま 両陛下がお見舞い、誕生したお子さまと初対面

天皇、皇后両陛下は10日、秋篠宮妃紀子さまが入院する東京都港区の愛育病院を見舞いに訪れ、誕生した4人目の孫となるお子さまと初めて対面した。皇后さまは花かごと白いベビー靴を抱えて病院に入り、11日で40歳の誕生日を迎える紀子さまにプレゼントした。
 両陛下は午後3時半ごろ車で到着し、病院内で秋篠宮さまと長女眞子さま(14)、二女佳子さま(11)から出迎えを受けた。約30分の見舞いを終えて帰る際、報道陣からお子さまの様子を尋ねられると、天皇陛下は「元気です。ありがとう」と笑顔で答えた。
 紀子さまを見舞う前の午前11時半ごろには、秋篠宮さまが皇居・御所を訪れて両陛下に男児の誕生を報告。その後、眞子さま、佳子さまも御所を訪れ、ご一家で昼食を共にした。
 両陛下は9月5日から5日間、公務のため北海道を訪問し、9日夜に帰京した。お子さま誕生の連絡は、6日朝に札幌市のホテルで秋篠宮さまか電話で直接受けた。
(毎日新聞)

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皇太子ご一家 大相撲秋場所の初日を観戦 東京・国技館

皇太子ご一家は10日、東京・両国の国技館で大相撲秋場所の初日を観戦した。長女の敬宮愛子さまにとっては初めて。主な力士をフルネームで覚えたり、決まり手を職員らを相手に再現するなど、以前から相撲に興味を持っていた。
 国技館入口で北の湖理事長の出迎えを受けると、理事長を見上げるように笑顔を見せた。ご一家は中入りの後半から弓取り式までを見たが、愛子さまはご夫妻の間に座り、双眼鏡を手に取ったり、一番ごとにご夫妻と話し、勝敗を取り組み表につけていた。時には、身を乗り出すようにして観戦するなど、約一時間楽しんだ。
(毎日新聞)

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2006年9月 9日 (土)

<天皇、皇后両陛下>北海道から帰京

国際顕微鏡学会議の記念式典出席などのため北海道を訪れた天皇、皇后両陛下は9日、帯広空港から飛行機で帰京した。今回の北海道訪問では、滞在中の6日に4人目の孫となる秋篠宮ご夫妻の長男が誕生し、式典や訪問先で大勢の人たちから祝福を受けた。
(毎日新聞)

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<命名の儀>秋篠宮ご夫妻長男の名前どう決める?

秋篠宮ご夫妻の3番目のお子さまは、皇室にとって41年ぶりの男児誕生となり、列島は喜びに包まれた。次の注目はその名前だ。12日の「命名の儀」で明らかになるが、皇族の名前とは。そして、それはどのように決まるのか。【竹中拓実、桐野耕一】
 ■皇族の名前は
 皇太子さまは、皇太子徳仁親王殿下、秋篠宮さまは秋篠宮文仁親王殿下。正式にはこう呼ぶが、それぞれの子どもの時の呼び名の浩宮さま、礼宮さまに比べて、なじみが薄いと感じる人も多いのではないだろうか。
 実は、浩宮さま、礼宮さまは、幼少時の称号だ。浩宮さまは、今の天皇陛下の即位にともなって皇太子となった時に、礼宮さまは結婚して独立し、秋篠宮家を創設した時点で、それぞれ使われなくなった。
 ただ、今回生まれたお子さまには、こうした幼少時の称号はない。戦前からの慣例で、称号は天皇と皇太子の子どもに限られており、宮家の子どもに称号はないからだ。
 実際、皇太子ご夫妻の長女愛子さまは、称号を付けて敬宮(としのみや)愛子さまと呼ばれるが、秋篠宮ご夫妻の長女眞子さまや二女佳子さまは「〇宮」とは呼ばない。今回誕生したお子さまにも称号はつかない。
 結局、お子さまは、皇室の男子の名前の慣例である、下に「仁(ひと)」の字が付く漢字2文字の可能性が高く、正式には「秋篠宮○仁親王殿下」となる。「仁」は、源頼朝や足利尊氏ら源氏の祖先にあたる清和天皇(在位858~876年)の名前「惟仁」が始まり。「有徳の人」などの意味があり、ふさわしいとのいわれがあるという。
 ■宮家の子どもは当主が…
 では、皇族の名前はどのようにして決まるのか。戦前は、旧皇室親族令などで手続きが定められ、天皇と皇太子の子どもは天皇が、宮家の子どもは当主が、命名する決まりだった。それが戦後も踏襲されている。
 慣例通りなら、今回のお子さまの名前は秋篠宮さまが決める。91年に誕生した眞子さまの時は、「ひらめき」で字を決めたという。ただ、天皇陛下は01年12月に会見で「秋篠宮の時も相談を受けました」と述べており、実際は、天皇陛下の意見も反映されたものであることを示唆している。
 お子さまは、現行の皇室典範では、皇太子さま、秋篠宮さまに次いで3番目の皇位継承者でもあるだけに、宮内庁のある幹部は「今回も天皇、皇后両陛下にご相談されるのでは」と想像する。
 「○仁」とたった1文字だけだが、過去の天皇や最近の皇族の名前と重ならないよう選択される。その文字は、12日午前、秋篠宮妃紀子さまがお子さまとともに入院している愛育病院(東京都港区)での「命名の儀」の開始とともに公表される。
<明治以降の天皇と男性皇族の名前>
名前  称号
睦仁(むつひと)  祐宮(さちのみや) 明治天皇
稚瑞照彦尊(わかみづてるひこのみこと) 大正天皇の兄
敬仁(ゆきひと)  建宮(たけのみや) 大正天皇の兄
嘉仁(よしひと)  明宮(はるのみや) 大正天皇
〓仁(みちひと)  昭宮(あきのみや) 大正天皇の弟
輝仁(てるひと)  満宮(みつのみや) 大正天皇の弟
裕仁(ひろひと)  迪宮(みちのみや) 昭和天皇
雍仁(やすひと)  淳宮(あつのみや) 秩父宮
宣仁(のぶひと)  光宮(てるのみや) 高松宮
崇仁(たかひと)  澄宮(すみのみや) 三笠宮さま
明仁(あきひと)  継宮(つぐのみや) 天皇陛下
正仁(まさひと)  義宮(よしのみや) 常陸宮さま
寛仁(ともひと)            三笠宮さまの長男
宜仁(よしひと)            桂宮さま
憲仁(のりひと)            高円宮
徳仁(なるひと)  浩宮(ひろのみや) 皇太子さま
文仁(ふみひと)  礼宮(あやのみや) 秋篠宮さま
 ※旧宮家と戦前に廃絶した宮家は除く
 ※「稚瑞照彦尊」のように明治初期には、古事記や日本書紀にのっとり命名されたケースもある
(毎日新聞)

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2006年9月 8日 (金)

新宮さまに紀子さま授乳

 6日に男のお子さまを出産された秋篠宮妃紀子さま(39)は、7日から愛育病院(東京・南麻布)の個室で本格的に授乳を始められた。

 宮内庁などによると、紀子さまは、6日午後に初めてお子さまに母乳を与えられた。紀子さまは、お子さまが個室に移ってきた7日午前から室内を歩き始め、おかゆなどを少しずつ口にされている。
(読売新聞)

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雅子さまご公務 今後も体調考慮 野村東宮大夫

 宮内庁の野村一成東宮大夫は8日、オランダ静養を終えられた皇太子妃雅子さまの状態をふまえ、ご公務は「引き続きご体調を考慮して決めていく」との東宮職医師団の見解を明らかにした。
 見解では、オランダ王室との交流が雅子さまの「自信につながる体験で、今後の治療を進めていく上で有意義だった」と総括。ただすぐ目に見える成果として表れるものではなく、「これからも長い目で見守っていただきたい」とした。
 また今後の海外ご静養について、野村大夫は「私の頭の中にはまったくない」と語った。
(産経新聞)

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2006年9月 7日 (木)

<秋篠宮妃紀子さま>お子さまが同じ病室に 宮邸も改修

 秋篠宮妃紀子さま(39)が男児を出産されてから一夜明けた7日、誕生後すぐ新生児室に入っていた男児が、順調な健康状態との医師の判断で、紀子さまと同じ個室の病室に移された。
 関係者によると、お子さまはよく泣き健康な様子といい、紀子さまも術後の経過は良好で、6日は個室に戻っていた。紀子さまは、約1週間後に抜糸を受け、その数日後にはお子さまと一緒に退院する見通し。
  ◇   ◇
 秋篠宮ご一家が暮らす東京・元赤坂の赤坂御用地にある宮邸は、誕生したお子さまのために改修された。紀子さまは手作りの「おくるみ」を用意し、車には新生児用のチャイルドシートも。また、7日付で看護師の資格を持つ職員ら計3人が増員された。
 宮邸は、鉄筋コンクリート造り2階建て(一部平屋と地下1階)で、延べ約1420平方メートル。御用地内にあった旧秩父宮邸を増築し、00年3月から住んでいる。宮内庁によると、6畳ほどの小部屋を誕生したお子さまの育児用として使う。フローリングだったが、安全性を考えてカーペット敷きにした。
 お子さまの世話に便利なように、部屋のそばに冷蔵庫が下に付いた小さなキッチンも設けたという。【桐野耕一】
(毎日新聞)

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<常陸宮妃華子さま>白内障で入院、手術へ 

 宮内庁は7日、常陸宮妃華子さま(66)が白内障の手術を受けるため、11~12日と25~26日の2回、東京都渋谷区の日本赤十字社医療センターに入院すると発表した。10月から公務復帰する見通し。
(毎日新聞)

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私の親が白内障の手術やるって驚いたことがあったけど、最近って結構簡単にできるんですね。

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紀子さまと新宮さま、同じ部屋に

 秋篠宮家に誕生した新宮さまは一夜明けた7日朝、愛育病院(東京・南麻布)の新生児室から母親の紀子さま(39)の個室に移った。

 宮内庁などによると、昨夜、紀子さまは4階の個室で、新宮さまは同じ階の新生児室で過ごされた。母子ともに経過は順調で、新宮さまはよく泣いて元気という。

 紀子さまは7日から歩く練習を始められたという。10日後には新宮さまとともに退院される見通しだ。
(読売新聞)

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紀子さま男子ご出産、各地に記帳所…問い合わせも続々

秋篠宮妃紀子さまのご出産を受け、全国の寺社や自治体庁舎に続々と記帳所が設置されている。

 一方で宮内庁は、宮家にお子さまが誕生した際の慣例として一般向けの記帳所は設けておらず、「どこで記帳すればいいのか」という問い合わせが同庁に相次いでいる。

 長野市の善光寺では6日から境内に記帳所を設置。7日も午前9時20分から受け付けが始まり、参拝客たちが次々と氏名を書き込んでいた。

 京都府八幡市の石清水八幡宮では、6日のご出産後、記帳できるかどうかという問い合わせなどが相次いで寄せられたため、急きょ記帳所を設けることを決め、7日朝から準備作業に追われた。
(読売新聞)
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宮内庁だってやればいいのに。。。男子出産だけでなく、皇位継承3位なのに。。。
これで宮内庁だってほっとしているんじゃないですか???

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お子さま、紀子さまの元へ=看護師採用し育児準備-宮内庁

 皇室として41年ぶりとなる男のお子さま出産から一夜明けた7日、秋篠宮妃紀子さま(39)は入院先の愛育病院(東京都港区)の個室で過ごされた。お子さまは新生児室のベッドから同日、紀子さまと同じ部屋に移り、退院まで一緒に過ごす。
 宮内庁によると、母子ともに元気という。
 経過が順調なら、紀子さまは出産から10日後をめどに、お子さまと一緒に退院する。退院後の世話をするため、同庁は同日、女性看護師1人を職員として採用する人事を発表した。 
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そんな1人だけでいいのかな。。。でも男の子が産まれるって前からわかっているわけではないから、とりあえずってことなのかな。。。

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2006年9月 6日 (水)

皇室典範改正案提出、次期通常国会も見送り

政府は6日、先の通常国会で提出を見送った女性・女系天皇を認める皇室典範改正案を2007年の通常国会にも提出しない方針を固めた。
秋篠宮さま以来、41年ぶりに皇室に男子が誕生したことで、女性・女系天皇容認に慎重論が強まることも予想され、改正作業の着手の有無を含めて世論の動向をしばらく見極める必要があると判断した。
皇室典範改正問題は小泉政権から次期政権に委ねられる。

皇室典範改正問題について、安倍官房長官は6日午前、首相官邸で「皇室典範の議論は皇位の継承の安定という極めて重大な問題だ。慎重、冷静に議論を進めなければいけない。国民的な理解も必要だ」と述べ、時間をかけて議論する必要があるとの考えを強調した。
(読売新聞)

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<紀子さまご出産>皇室典範問題の行方は 切迫感薄れる政界

6日誕生した秋篠宮妃紀子さまのお子さまは、現行の皇室典範では、皇太子さま、秋篠宮さまに次ぐ皇位継承者で、皇室にとって41年ぶりの待望の男の子だ。しかし、皇室の将来を考えると皇位継承資格者が少ない状況に変わりはない。紀子さまの懐妊で凍結された典範改正問題は今後どうなるのか。そして、ポスト小泉政権は、この問題にどう取り組むのか。男子誕生でも課題は多い。【大久保和夫、竹中拓実】
小泉政権で棚上げされた皇室典範改正への政界の動きはどうなるのか。「男系維持派も早急な議論の必要性は認識している」(女系天皇容認の自民党議員)との見方はあるが、国民の賛否が割れる中での改正には政治的リスクが伴う。当面は政治日程には上らないとの観測が支配的だ。
典範改正をめぐり、自民党内では「積極的な女系支持派は少数」(同党幹部)と言われる。小泉政権が女性・女系容認の立場から典範改正作業に着手できたのは、小泉純一郎首相の積極姿勢とそれを裏打ちする強い権力基盤があったからだ。
さらに男児誕生で、政府が改正案提出に動けば男系維持派の猛反発は必至。自民党総裁選での優位が動かない安倍晋三官房長官も「皇室の存在意義は伝統の継承にあり、それは男系維持と考えている」(安倍氏周辺)とされ、小泉首相とは明らかに立場が異なる。
安倍氏は、有識者会議の報告書について「法的な拘束力はなく、新首相が別途検討を始めることができないわけではない。政治の判断だ」との認識を示し、6日の記者会見でも「考えに変わりない」と語った。これらを総合すると、次期政権が女性・女系容認の改正案を提出する可能性は少ないとみられる。
現在、典範改正に向けた事務方の作業は「完全にストップ」(内閣官房幹部)し、今夏の省庁人事で政府の皇室典範改正準備室も縮小された。皇室に男児が誕生したことで切迫感が薄れ、「これで皇室典範問題は解消した」(中曽根康弘元首相)との声も出ている。【渡辺創】
 ◇50年後を懸念
 「皇位の安定的継承を図るため、いずれ典範の改正が必要との考えで準備してきた」。宮内庁幹部は、男児誕生を喜びながらも、男女どちらでも基本的な立場は変わらないとの立場で、冷静に受け止めた。
紀子さまの懐妊が明らかになったのは今年2月。皇室典範改正案を3月に国会に提出するため準備を進めてきた政府は、動きを凍結。その後、内閣と宮内庁の担当者が、今後の方針をひそかに協議、男女それぞれの誕生による違いもシミュレーションした。
女児誕生では、現行典範が規定する男系男子による継承者が天皇陛下の孫の世代にはいないため、女性・女系天皇容認の見方が強まると分析。男児では、女性・女系天皇を容認する論調は弱まるとした。ただ、男児誕生でも将来継承者がいなくなる不安は消えないことや、結婚で皇族を離れる女性皇族が結婚適齢期を迎えつつあることから、いずれ典範改正が迫られると結論付けた。
昨年11月に女性・女系天皇容認の報告書をまとめた小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」のメンバーの1人は「誕生した男児が即位するのは50年後。現行典範のままなら、女性皇族はすべて皇室を離れており、皇室に天皇ご一家しか残っていない状況も考えられる」と典範改正の必要性を強調する。
◆4ケース想定 有識者会議が論じたケースで、男児の継承順位の違いを比較してみる。同会議の最終報告は、直系優先で女性皇族や女系皇族にも皇位継承資格を拡大、現行制度との連続性などを考慮したうえで、(1)長子優先(2)兄弟姉妹間で男子優先(3)男子優先(4)男系男子優先――を想定した。
代替わりなどによる継承順位の変動がなく、天皇としての養育方針も早期に決まることなどから「最も適当」とした(1)では、皇太子さまに次いで、愛子さま、秋篠宮さま、眞子さま、佳子さまと続き、男児は6番目だ。
(2)では4番目、(3)や(4)では3番目。つまり、愛子さまより順位が上になるのは、(3)と(4)のケースだ。懐妊を受けて改正への動きを凍結した経緯から、「生まれた男児を天皇に」との声が高まることも考えられ、(3)や(4)が浮上してくる。ただ、このケースでは有識者会議が指摘したように、代替わりで継承順位が変動するなどの欠点がある。
一方、男系男子維持を主張する人たちは、旧宮家やその男系男子子孫を皇族に復帰させたり、彼らが女性皇族と結婚した場合に皇族にする――などの方法を提案する。ただ、復帰論には「皇室を離れて60年以上がたっており、皇族としての国民の理解や支持が得にくい」と反対する声が根強くある。また、結婚論にも「結婚の強制につながる」と憲法違反を指摘する意見が出てくるだろう。
こうした状況から、ある政府関係者は「男児の順位を愛子さまより優先させるような改正は、制度として無理のあるものになる」と話す。別の政府関係者は「議論はすべて有識者会議で出尽くしている。改めて組織を作り再諮問する必要はない。今後は、どのようにして問題を国民的関心事に高めていくかが課題だ」と語っている。
(毎日新聞)

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<秋篠宮妃紀子さま>男児ご出産 41年ぶり皇位継承資格者

秋篠宮妃紀子さま(39)は6日午前8時27分、東京都港区南麻布5の愛育病院で、帝王切開の手術で男児を出産された。皇室に男子が生まれるのは、65年11月の秋篠宮さま(40)以来だ。約41年ぶりの皇位継承資格者の誕生で、順位は皇太子さま、秋篠宮さまに次ぎ第3位。政府が検討していた皇室典範改正案の国会提出は、当面先送りされる公算が大きい。
男児は、ご夫妻の3人目のお子さまで、天皇、皇后両陛下にとっては4人目の孫に当たる。皇室の構成は、天皇陛下をはじめ計23人となった。皇室で帝王切開による出産は初めて。
宮内庁によると、男児の体重は2558グラム。出産は、当初9月下旬(妊娠40週)とされていたが、胎盤の一部が子宮口にかかる「部分前置胎盤」の診断を受け、母体への影響と胎児の成長具合を考慮して20日ほど早い第37週での帝王切開となった。
紀子さまは妊娠が分かってからも公務を懸命にこなしてきた。「部分前置胎盤」で出産前の約3週間、病院で過ごしたが、支えたのは、天皇、皇后両陛下や秋篠宮さまをはじめとする家族だった。
妊娠5カ月で安定期に入った5月には、東大寺での式典に出席するためご夫妻で泊まりがけで奈良県を訪れた。小雨が降るあいにくの天気でも、紀子さまは笑顔で通した。
同月下旬には全国赤十字大会など週3回も都内の行事に足を運んだ。負担にならないよう医師のアドバイスを受けながらだったが、医師団から「無理はなさらないように」との声も上がるほどだった。
7月中旬に部分前置胎盤との診断を受けた後は、住まいの宮邸で看護師が見守る中で過ごした。27日の宮内庁病院での検診では、心配した秋篠宮さまが紀子さまとともに主治医から説明を受けた。

8月16日、シャワーも備え付けられた個室の病室に入院。予定より早かったが、宮内庁幹部は「宮邸ではどうしても家事で体を動かすこともある。安静のため入院された」と説明した。
募る不安を和らげようと、秋篠宮さまや長女眞子さま、二女佳子さまが毎日のように見舞った。26日には天皇、皇后両陛下も見舞いに訪れ、皇后さまはバラなどの花が入ったかごを贈っている。
出産を前に会見した宮内庁の金沢一郎・皇室医務主管は「両陛下のお見舞いを大変喜んでおられた。温かい心遣いに感謝されていると思います」と話した。
秋篠宮妃紀子さまの男児ご出産を受け、今年2月の懐妊発表で凍結された皇室典範改正の動きが今後どうなるかは、将来の皇室のあり方を決める大きな焦点となりそうだ。
皇室に65年の秋篠宮さま以来男子が生まれなかったことや側室制度の廃止で、皇位を男系男子に限った現行典範では、安定継承が不可能との考えでは政府関係者も専門家も大方一致している。昨年1月から小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が議論を重ねてきたのも、こうした背景があるからだ。
有識者会議が昨年11月にまとめた女性・女系天皇容認の報告書の指摘は生かされるのか。待望の男子誕生で、議論は当面先送りされる公算が大きいが、ポスト小泉政権のこの問題への対応が注目される。

▽帝王切開 母体の腹壁と子宮壁を切開して胎児を取り出す手術。胎児の産道通過が困難で、自然分べんができそうにない時に行う。日本では全出産数の15~20%程度が帝王切開と推定され、最近増加傾向にある。前置胎盤では、子宮の奥にある胎盤が子宮口をふさぐ位置にあるため、自然分べんでは胎盤がはがれて大量出血の恐れがある。このため、帝王切開が必要となる。
愛育病院 現在の天皇陛下の誕生を祝う昭和天皇の下賜金を元に設立された「恩賜財団母子愛育会」(総裁・三笠宮妃百合子さま)が運営する。産婦人科、母子保健科、新生児科などがあり、新生児や母体・胎児の集中治療室を完備する出産や育児支援専門の病院。高円宮妃久子さまが3人のお子さまを出産している。
(毎日新聞)

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紀子さま、男児をご出産

秋篠宮妃紀子さま(39)は6日午前、入院先の総合母子保健センター「愛育病院」(東京・南麻布)で帝王切開手術を受け、男のお子さまを出産された。
皇位継承順位は皇太子さま、秋篠宮さまに次いで第3位。男子の誕生は1965年11月の秋篠宮さま以来41年ぶりとなる。
紀子さまは胎盤が子宮口の一部を覆う「部分前置胎盤」で、早期出血が心配されたことから8月16日にご入院。胎児が十分に発育する妊娠37週目を待って、この日に帝王切開手術を受けられた。手術は主治医の中林正雄・同病院院長が執刀し、麻酔科や小児科の医師ら約10人体制で行われた。
秋篠宮さまは午前7時10分には病院入りして手術室の隣室で待機された。
(読売新聞)

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たんじょう!!!よかった、よかった。
でもこんな時に宮内庁はホームページでは発表しないんですね。

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2006年9月 5日 (火)

両陛下、北海道入り

天皇、皇后両陛下は5日午後、国際顕微鏡学会議記念式典などに出席のため、特別機で北海道入りされた。
両陛下は、札幌市内で開かれる同式典に出席した後、襟裳岬などを視察、9日に帰京する予定。6日午前には、秋篠宮妃紀子さまのご出産が予定され、旅先で吉報を待つことになるが、両陛下は「自分たちのことは気にしなくてもいい」との意向という。 
(時事通信)

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2006年9月 3日 (日)

<皇太子さま>山形に 東根市の総合保健福祉施設など視察

皇太子さまは3日、山形市で4日から開かれる「第18回全国農業青年交換大会」出席のため、新幹線で山形県に入った。3日は東根市の総合保健福祉施設などを視察した。大会は農業青年約2000人が参加し、皇太子さまは5日帰京する。

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もう外出なんだ。。。忙しいな・・・。でもよく考えるとギリギリまで遊んでいたって事にも。。。。

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2006年9月 2日 (土)

皇太子ご一家 天皇、皇后両陛下に帰国後のあいさつ 

皇太子ご一家は2日、天皇、皇后両陛下にオランダ帰国後のあいさつをするため、皇居の御所を訪れた。
 午後2時50分ごろ、ご一家を乗せた車が半蔵門の前を通過した際、ご夫妻は沿道の人や報道陣に車の窓を開け笑顔で手を振った。御所に約1時間ほど滞在し、両陛下と歓談したという。
 オランダには8月17日から約2週間、雅子さまの療養を兼ねて滞在。静養目的の外国訪問は天皇や皇族で初めてで、愛子さま(4)にとって初めての外国訪問だった。
(毎日新聞)

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2006年9月 1日 (金)

紀子さまご出産、6日午前に…宮内庁発表

宮内庁は1日、愛育病院に入院中の秋篠宮妃紀子さま(39)が、6日午前に帝王切開手術で出産されると発表した。
紀子さまは胎盤が子宮口の一部を覆う「部分前置胎盤」と診断され、先月16日から愛育病院に入院されている。医師団は胎児が十分に発育する9月上旬(37週)を待って手術を行う方針で、経過が順調なことから、予定通り6日に行うことにしたという。
愛育病院は、母体・胎児集中治療室や新生児集中治療室などがある国内屈指の専門病院。長女の眞子さま(14)と、二女の佳子さま(11)の担当医だった中林正雄院長が主治医を務めている。
天皇、皇后両陛下は5日から4泊5日の日程で「第16回国際顕微鏡学会議記念式典」出席などのために北海道入りされる予定で、旅先で報告を待たれることになる。
(2006年9月1日16時11分 読売新聞)

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